禅僧の言葉⑤:そのままにしておく


この記事は、パブリックドメインとなった『大法輪閣版 澤木興道全集』を元にして読みやすいように再編集したものです。

昭和の時代に“最後の禅僧”と呼ばれた高僧の言葉をコメントと共に紹介いたします。

 

旦に人事行礼といって、おめでとうと言う挨拶をする。方丈(住職)を前において香を焚いて「此日改歳(カイサイ)の令辰(レイシン)謹んで嘉悰(カソウ)の儀を伸ぶ、即日気運極めて寒し、恭しく惟れば(ウヤウヤしくオモンミれば)堂頭和尚尊侯起居万福(ドウチョウオショウソンコウキキョバンプク)」といってお辞儀する。「どうぞおまめさんで……」ということである。こんな肉体のごとき、体温計の上がったり下がったりする垢のついた体を、べつに大切にというのではない。真に仏道につかえる身を大切にというのである。

 

本寝坊主
お正月に説法を聞く禅寺の行事を

とりあげているので、難しい漢詩が出てきますが

読むのしんどいので読み飛ばしてもらっても大丈夫です。

なんとなく漢字の意味だけ想像してもらえれば。

 

 

こで何がめでたいかを工夫参究する。正月の工夫です。一番めでたいものになりたい。めでたくありたい。めでたくしたい。わたしは道元禅師の歳朝の上堂、元日の説法を紹介したいと思う。

歳朝の上堂(サイチョウのジョウドウ)
挙す宏智古仏天童に住す(コす ワンシ コブツ テンドウにジュウす)
歳朝上堂していわく
歳朝坐禅万事自然(サイチョウのザゼン バンジ ジネン)
心心絶待仏仏現前(シンシン ゼッタイ ブツブツ ゲンゼン)
清白十分江上雪(セイビャク ジュウブン コジョウのユキ)
謝郎満意釣魚船(シャロウ マンイ ウオをツるフネ)
参(サン)
師曰大仏拝読其韻(シ イワく ダイブツ ソのインをハイドクせん)
良久曰(リョウキュウしてイワく)
大吉歳朝喜坐禅(ダイキチ サイチョウ ヨロコんで ザゼンす)
応時納祐自天然(トキにオウじて ユウをイれ オノズカらテンネン)
心心慶快笑春面(シンシン ケイカイして シュンメンをエましめ)
仏仏牽手入眼前(ブツブツ テをヒいて ガンゼンにイる)
呈瑞覆山盈尺雪(ズイをテイし ヤマをオオう エイセキのユキ)
釣人釣己釣魚船(ヒトをツりオノレをツり サカナをツるフネ)
 
智(ワンシ)という大徳がシナ浙江省(セッコウショウ)の大きな寺におられた。これが有名な天童山である。道元禅師もここで修行あそばされた。この宏智禅師の歳朝上堂の第一のお言葉に「歳朝の坐禅万事自然」とある。これはありがたいお言葉である。坐禅とはどんなものかというに、どんな学者も学問を捨て、金持ちは金を捨て、智慧者は智慧を捨て、弱いものは弱さを捨て、貧乏人は貧乏を捨て、一切を投げ出して坐るのである。ただ坐るのです。私がよく言う言葉であるが、自分になり切る。私になり切る。あなたがあなたになり切る。山が山になり切る。茶碗が茶碗になり切る。一切のものがそれ自身になり切る。それが坐禅である。
 

本寝坊主
自分になり切るという自分とはなにか

男なのか女なのか会社員なのか自営業なのか

大人か子供か妻か夫か。

そんなことは、坐っている自分と全く切り離して

ただ坐ることを「自分になり切る」と言っています。

本当の自分といって、わかるのは今ここの自分だけです。

 

 
る息がフーと出る。入る息がスーと入る。澤木がこうしてスッと坐った切りである。そうして限りない宇宙と一緒になっている。坐禅は宇宙の全景を宇宙の全景のままにしておくものである。茫々として限りないものを限りないままにして置き、手は手で足は足、鼻は鼻、頭は頭、ヘソはヘソでそのままにしておくことである。
 
ある男が、雪の朝まだ寝ていると、男衆が雨戸をガラガラとくり出して「旦那様、今日はえろう雪が降っておりますよ」「そうか、どの位か」「深さは五寸ばかりですが、幅は知れません」といったという話がある。
この幅の知れんのが宇宙の不可解であり、真理である。この幅の知れないのを幅の知れないままにしておく、それになり切るのが坐禅である。
その幅がなんぼあるかと、寸にとって歩くような愚かなことはしないわけである。その知れんままにしておるのが「万事自然」だ。富士の山を高いままに眺め、雲がかかったらかかったままに眺めて、それをどうもしない。
本分に安住している。かくかくのものが、かくの如く安住している。低いところが低く、高いところが高くて万事自然である。人間の体もこの通りで首は上に位し、足は下にいる。前後別あり左右定まる。こういうのが万事自然である。
各々その持ち場持ち場をまもって、素直にして少しも不平を言わず腹も立てない、調子づいてもいなければ悲観もしていない。如法に安住し、本文に安住しているのである。これがいつも私のいう「打ち方止め」である。
 
 

本寝坊主
気に入らない状況をどうにかして良くしようと

やんややんや騒ぎ立てるのをやめるのを

銃を構えた兵隊に「打ち方止め!」と

号令をかけることに例えた話を老師はよくします。

 

次回に続く!
 
 








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