お坊さんってなに?③:石の上にも30ねん


この記事について

修行者が最初に直面する問題と

現在の仏教業界の高齢化問題について!

長いのでゆっくり読んでください。

その1・その2はこちら(↓↓)

お坊さんってなに?②:出家の理由

2018年8月25日

お坊さんってなに?①:“ふつう”のお坊さん

2018年8月24日

 

お坊さんってなんぞや

 

道宣
今回は、

「仏教を勉強するぞ!」

「お坊さんになるぞ!」と思って

初めにぶつかる問題について話しましょう。

遊心
はい。

 

われわれの個人的経験だけでも、いろいろ例がありますよね。

道宣
はい。

 

何よりまず、記事タイトルと同じ

 

お坊さんってなに?

 

という疑問が浮かびます。

 

前回、「出家」して「人生リセット」したのが

お坊さん=修行者である、としました。

 

 

しかし、第一回で話したように

実際に、何している人なのかわからないですよね。

遊心
わからないですねー。

 

お葬式のお坊さん見ても仏教はわかりませんし

法話を聞いても、なにがなんだかわからない場合は多いです。

道宣
第一回目で言った通り、

 

その種類のお坊さんは

日本文化における理想的聖人像ですからね。

 

主に、「日本社会における理想的な生き方」を話します。

 

元祖ライフハックともいえるかも。

 

時には社会を否定的にも見なければならない、

仏教的理想像とはかなりのギャップがあります。

遊心
そうそう。

 

その仏教的理想像っていうのが

何やら魅力的だから仏教に興味を持ったので、

それについての話をする人をまずは探しましたね。

 

そうだ、修行に行こう

 

道宣
遊心さんは、どんな形で仏教を勉強しはじめましたか?
遊心
どんな形で……。

 

大学生のころの話になりますが

私の場合まずは修行しにいこう。

 

というところから始まりました。

道宣
いきなりですか(笑)
遊心
はい。

 

だってなんか修行ってかっこいいじゃないですか。

道宣
まぁ、はい……。

 

そうかもしれません。

遊心
だから修行ができるお寺の住職さんや

修行についての本を片っ端から読みました。

 

なので仏教自体の勉強は

そのころ実はまだしていなかったと言えますね。

道宣
いきなり修行ですか。

 

大胆ですねそれは。

 

それなりの知識はあったんですよね?

遊心
うーん。

 

 

キリスト教系の大学でしたから宗教学は好きでしたけど……。

 

 

お坊さんについてのイメージは、かなりめちゃくちゃでしたよ。

 

修行したらもしかして幽霊見えるの?

 

とか思ってましたし。

道宣
見えねーよ(笑)
遊心
それはそうですが(笑)

 

でも、一般的なお坊さんへのイメージとしては

こういうものも多いと思います。

 

霊能者的な。

道宣
あるある。

 

なんか超能力者的なイメージね。

遊心
それです。

 

それはさておき

修行できるお寺のお坊さんたちの

書いた本やら法話やらを読んで

一般の参禅者を受け入れている

安泰寺に修行に行きました。

道宣
あそこは昔から坐禅修行では有名でしたからね。

 

その点で安泰寺を選んだのは私も同じでした。

遊心
それで修行をはじめてから、

本格的に仏教や禅について本を読み始めました。

 

道宣さんの場合はどうでした?

道宣
僕の場合ですか。

 

前にも言ったと思いますが

いわゆる“ありがたい法話”

 

のような文化ベースの仏教にはあまり興味なかったです。

遊心
「いのちに生かされていることに気づく……」

 

みたいな。

道宣
それです。

 

今考えてみれば

あれは結論ではあるかもしれませんが

大学生であった当時の僕にとっては

あまり自分との関係がよくわかりませんでした。

遊心
そうですよね。

 

われわれからしたら、おじいちゃん世代の老師のお話ですから、

 

その境地の話をされても

正直現実味に欠けるというか……。

 

内容ベースの仏教とそこへの疑問

 

道宣
ただ、そのようないわゆる

老師方の話を色々見ていると

 

“ありがたい系”の日本文化ベースの他に

仏教の内容ベースで話をする老師がいることに気づいたんです。

遊心
ほぉ。

 

たとえばどんな話ですか?

道宣
仏教の内容についての話ですから

基本的に文献やお経を引用しながら

本人の経験も交えての実践的な修行の話です。

遊心
あぁ、曹洞宗で言えば井上義衍老師とか

原田雪渓老師とかのような老師方ですか?

 

私よく知らないけど。

道宣
そんなかんじです。

 

ちょっと古いけど。

 

もちろん鈴木大拙さんとか

昭和のころは同じく有名だった

澤木興道老師や内山興正老師とかも含まれます。

遊心
現代だと

藤田一照老師とか南直哉老師とかですかね。

道宣
そうなりますね。

 

そういう仏教の内容についての話を

しっかりとしてくれる実践者の話を聞いた上で、

実践が必要不可欠だと思ったから修行しようと思いました。

遊心
修行を実際はじめてからは、

そういった老師方の書籍や法話は大変参考になりますよね。

 

実践的な修行の話は、なかなか見つかりませんからね。

道宣
そうですね。

 

前も言った通り

日本での一般的「お坊さん」は

日本社会での理想的生き方を話すことがお仕事ですから

なかなか仏教修行の話をしてくれません。

遊心
私も実は……老師方の修行経験談のおかげではじめて

 

お坊さんは

「幽霊が見える人」

のことではないと気づきました。

道宣
もっと早く気づいてください。

 

 

 

ただ、修行を実際にしてゆくと

その老師方の話だけ見ていては、なかなか解けない疑問がわいてくるんですよね。

遊心
あぁ、ありました。

 

「山は山じゃった」系の話ですよね?

道宣
それだけ言うとすごくわかりにくいです。

 

老師の豊富な修行経験から言える

ある種の結論の話ですね。

 

たしかに老師達は、ご高齢の場合が多いですから

深まりきった境地のお話だけをはなしがちです。

遊心
(笑)

 

「三十年修行してはじめてわかる」

 

とかですよね。

道宣
そうそう!

 

一般の人からすれば

 

「だからなに?」

 

って話です。

 

 

単純に

なんかすごそう。

 

とは思うかもしれませんが。

遊心
実際にとても深い内容を伝えているのですが……。

 

ハッキリ言ってたまに

「退屈だな。」

 

って思っていました。

道宣
現実に今の自分と

どう関わりがあるか、わからないのが退屈なんですよね。

 

そうはいっても僕も遊心さんも

老師達の言う通りをあくまでつらぬく努力をして

修行をしたんですけどね。

遊心
そうですね。

 

ただ、今ふりかえるとですが

修行を始めた当初に

もっと自分と近い年齢の修行者の話を聞きたかったです。

道宣
近すぎる修行歴の人は先輩も後輩もいたけどね。

 

老師と自分の、ちょうど中間のような人の話って全くなかったね。

遊心
そうなんですよ!

 

老師世代との修行歴

 

短く見積もっても20年近く

 

差がありますからね。

道宣
マジで20年後の話されてもね……。
遊心
だからこそ仏教の実践的内容を正直に話す

若い修行僧が必要だと思うんですよね。

 

若手に求められるもの

 

道宣
うん。

 

われわれにできれば、いいんですけどね。

 

 

遊心さんはどういう意見があったら、よかったと思いますか?

遊心
「山は山じゃった」系の例で言うのであれば

 

禅の世界では有名な話ですが

「山は今まで通り山じゃった」という前に

「山は今まで通りの山でなくなった」という経験があるはずなんです。

坐禅ってなに?⑤:さとらなければ…―目的があれば手段もある―

2018年10月23日
道宣
はい。

 

「楽であり、常であり、我である」と思っていたものが

「苦であり、無常であり、無我である」となることと同じなので、

 

真面目に修行をし続けたならば

自然と起こってしまうことのはずですよね。

遊心
そうです。

 

なにより、身近な実践の過程が聞きたかったです。

 

個人的に、そのような話ができる修行者は

少ないだろうとはいえ、

思っている以上に多いのではないか。

 

とおもっています。

道宣
そのはずですね。

 

ただ……難しいことですが。

 

若手の修行僧の言葉は

 

圧 倒 的 無 価 値

 

なんですよね……。

遊心
無慈悲な現実ですね……。
道宣
ただ、われわれもそうでしたが、

その話を必要とする人々は少なくないはずです。

 

そのような話がなければ

三十年後の“サトリきった”話

だけしか想定できないまま

修行を続けなければいけません。

遊心
たしかに。

 

私の場合だと、単純に

修行する動機が見出せなくなる場合もありえたと思います。

 

なんらかの問題解決に三十年かかるなら

 

ほかの方法試します。私。

道宣
仮に、老師の言う

”悟りの境地”の説明だけしか聞けないとしたら、

 

自分にその”悟りの境地”を

なんとか言い聞かせて、

“山が山でなくなった” 経験も無しに

「山が山に見える!!!」 とか言いはる人も出てきます。

遊心
いますね(笑)

 

“悟りの境地”というのは具体的な言葉にすると

「山は山じゃった」のような

大抵ふつうの状態ですから

それを聞いた若い修行者が

 

「自分もその境地にいるんだ!いなければならないっ!」

 

ってケース多いです。

道宣
NM(ナチュラルマイセルフ)問題ね(笑)
遊心
まぁ、それについてもとても面白いので

また今度話しましょう。

 

まとめ

  • 老師たちの語る仏教の特徴と疑問
  • 修行しても幽霊は見えるようにならない!?

 

次回は「お坊さん勢力図」お楽しみに!

お坊さんってなに?④:お坊さん勢力図

2018年8月25日

 

高齢化する禅修行の問題はこちらでも話してます。

禅修行ってなに?①:禅修行ガールズトーク説

2018年9月2日








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