お坊さんってなに?②:出家の理由


 

この記事について

お坊さんってなに?第二弾です。

お坊さんとは出家した人のこと…。

お坊さんでさえ誤解する“出家”とは何でしょう。

そして出家する理由となるほど何が仏教の魅力だったのか!

長いのでゆっくり読んでください。

道宣
今回は「お坊さん」について、第二回目です。

 

インドから中国をわたって

仏教の何が伝わってきたのかについてお話します。

 

その1はこちら↓↓

お坊さんってなに?①:“ふつう”のお坊さん

2018.08.24

 

もともと、お坊さんとは出家した人

 

遊心
そもそもお坊さんって

いったいなんだと思いますか?

道宣
簡単にいうと“出家した人”のことである

と言ってもいいと思います。

遊心
そうですね。

 

でも、世間でいう「出家」は「お坊さん」と

イコールではないと思いませんか?

道宣
そうですか?

 

全く同じ意味合いでもいいはずですけれど。

遊心
わたし、この前にFacebookで

友達のお坊さんのページを見たのですが

 

「永平寺に修行いってきます!」

 

という昔の投稿に対して彼の友達がコメントしていたんです。

道宣
ほうほう。
遊心
「ついに出家したんだね!」

 

とか

 

「出家終わったらあそぼうね!」

 

というようなコメントが、たくさんついていてゲロ吐きそうになったのですが

どうおもいます?

道宣
…出家が……終わる……?

 

還俗(※お坊さんをやめて一般人になること)のこと……?

遊心
いえ、そうではなくて

「出家」の世間のイメージって、

おそらく「修行」です。

 

それも山にこもって仙人みたいなことしている人限定。

道宣
まじか……。

 

まぁ、しかたないかもしれませんね…。

 

自分の意志で出家している人も少ないですし。

遊心
永平寺の修行僧なんて、結構な人数が

小学生くらいで出家してますからね。

道宣
家の事情でね……。

 

お寺つがなきゃいけないから。

遊心
それです!

 

われわれって、

いわゆる“お寺生まれ”でもなければ

 

仏教に関わる親戚も知人もいない中で、お坊さんになってますよね。

道宣
それはそうですね。
遊心
だからよく永平寺では、友達のお坊さんに

 

「在家出身なんだめずらしいね!」

 

と言われたの覚えていますか?

道宣
あったあった!!

 

「俺は出家出身だから。」

 

という完全に理解不能ワードが飛び出していました。

遊心
出家出身(笑
道宣
本来的には、

在家(一般人)が師匠から戒を受けて

「出家」してお坊さんとなります。

 

 

ですから、全員もともと戒を受けるまでは「在家」です。

 

寺族といえど家庭に生まれていますからね。

 

もともと在家です。

遊心
日本独特の仏教の形ですね。

 

「生まれながらに出家」という概念が成立しています。

 

おそらく彼らの中では「出家」=寺族です。

道宣
そういうことですね。

 

よく批判をされたりしますが、檀家制度の関係もあって

個人的には仕方のないことだと思います。

 

ただ、一度は本来的な意味を考えてもいいかもしれません。

 

どちらが偉いとかではないので。

 

人生「リセット」

 

遊心
わたしと道宣さんは完全に

在家出身(笑)なわけですけど

実際に戒を受けて出家した時には

なかなか感慨深かったですよね。

道宣
そうでしたね。

 

まず何よりも名前変わりますからね。

遊心
そういえばそうですね(笑)

 

名前を変えることで

修行者としてのまったく新しい人生を始める

という意味がハッキリとしていました。

道宣
これは実は日本の歴史ではよくあることですしね。

 

昔の貴族とか何かあったらすぐ出家しますし。

 

むしろ主流派です。

遊心
悪いことしたら髪を切って

頭丸めるのもそのなごりですね?(笑)

道宣
たぶんそうです(笑)

 

今までの人生を捨てて、新たにお坊さんとして生活するという

一種の「リセット」が出家といってもいいかもしれません。

遊心
その点で言うと、日本のお坊さんって

人生「リセット」することなさそうですよね?

道宣
そうだと思います。

 

生まれ育った家族を守るために出家するのだから

どっちかと言えばレベルアップです。

 

あと、「リセット」すると言うと、

悪いことしたつぐないで

というイメージになりやすいですが

必ずしも悪いことしたから出家するわけではありません。

 

 

僕は。

 

遊心さんは知りませんが。

遊心
私も悪いことしてません
道宣
まぁ、遊心さんの出家の理由はさておき、

当時のわれわれにとっては

仏教が必要であったのは間違いありません。

遊心
そうですね。

 

そのうえで、われわれも「リセット」を選んだわけですから。

道宣
さらにいえば「リセット」の理由は

仏教の日本文化としての魅力では無かったと思います。

 

「人と人のつながりの中で生きる…」

 

というようなお話には正直あまり興味をもてませんでした。

遊心
うん。

 

あれはむしろ「リセット」されるべき今までの人生を

よりうまく生きてゆくためのお話の場合が多いですからね。

 

澤木興道老師も

「仏道とは人間の修養ではなく人間の廃業である」

 

といっていますし

本来的には人間社会を一度は否定する側面があります。

禅僧の言葉①:決定的に“めでたく”なる

2018.09.05

仏ってなに?:死んだ人?

2018.08.28
道宣
出家の「家」「人間社会」全体を含めるとも言えます。

 

その生まれ育った「人間社会」を“出る”ことが

「出家」=「お坊さん」ということです。

遊心
おぉ、わかりやすい。
道宣
こういうこと言うと

 

「じゃあお前、絶対に社会に頼らずに一人で生きていけよ?」

 

とか平然と言う人いますけどね。

遊心
いるいる(笑)

 

これは仏教の修行と人間性の修養が誤解されていますし、

出家は、そういった “人間の生きる社会” という

“物語” でさえもリセットします。

 

当時感じた仏教の魅力

 

遊心
では、今一度

「お坊さん」になる理由を考えてみますか?

 

 

「リセット」ってやっぱり勇気もいりますし

簡単にするわけにはいきませんよね?

 

それなりの理由が必要だと思います。

道宣
たしかに。

 

生まれ育った環境をある種、拒絶するようなものですから。

 

簡単に言うのは難しいですが個人的に惹かれた理由はある気がします。

遊心

おぉ、では道宣さんケースの説明お願いします。

道宣
うーん。どう言ったらいいのか悩むなぁ。

 

大学生のころまでくらいですが

当時は社会がかたくなに持っている

自明の前提を強く感じました。

遊心
自明の前提?ですか。
道宣
はい。

 

「言うまでもなく

人生は素晴らしい。

生きることは喜び!」

 

という前提です。

遊心
一般的ですね(笑)

 

あると思います。

道宣
そのうえで

死については話題にすることさえできない

 

というのも不満に感じていました。

遊心
日本社会のその種の“空気”はあります。

 

読まなきゃいけないやつ。

道宣
そのような最初から決まっている答えや前提から

外れてみたかった、ということがあると思います。

遊心
あぁ、それは私もあったと思います。

 

「本当に生きることってそんなにすばらしいの?」

 

という思いは幼いころからありました。

道宣
そのとおりです!

 

「生きることがあたりまえに素晴らしい!」

 

というのはよく考えてみなければわからないと思いませんか?

 

そのような生まれ育った前提としての価値観に対して

 

仏教は

 

「無常!苦!無我!」

 

とロックンロールなことを言っていたのが魅力だった気がします。

無常ってなに?:つづかないよ!

2018.08.21

苦ってなに?:苦しい?つらいの?

2018.08.19

無我ってなに?:おまえなんてどうでもいい!

2018.08.21

遊心
ロックンロールですか(笑)

 

たしかに私もその魅力は感じていたかもしれません。

 

初めて買ったCDは尾崎豊でしたし。

道宣
それは関係あるかどうかわからないけど……。

 

社会であたりまえとされている価値観を一度うたがう

という面がロックンロールとは近いかもしれないですね。

遊心
私はその頃小学生でしたが“人生を生きる意味”を

求めていたといってもいいかもしれません。

 

ちょっと恥ずかしいですが。

道宣
小学生で尾崎(笑)
遊心
それはほっておいてください。

 

当時の頭で「人生は気持ち良ければ楽しい」

 

という結論を出したのですが、同時に

 

「では薬を使って一生昏睡状態で気持ち良くなれればいいのか?」

 

という疑問が強く残りました。

道宣
ちょうどそのころ

「マトリックス」流行ってたからでしょ?(笑)

遊心
あぁ!

そうかもしれません!(笑)

 

私が中二病な少年時代を過ごしたのは

マトリックスのせいだったのか……

道宣
尾崎のせいですよ。
遊心
……。

 

まぁ出家の理由なんて皆

それぞれある程度中二病要素ありますよ!

道宣
それは、そのとおりです。

 

わたしもそこについては同じですし。

遊心
まぁ、とにかくです。

 

そのような、人生への疑問に答えてくれるのではないか

と感じたから仏教を学び始めたわけですね。お互い。

道宣
はい。

 

しかし、重要な点は

われわれ二人とも本を読んで勉強しただけでは

結局わからなかったから

出家したということですね。

遊心
そうなりますね。

 

実践の必要性を無視できなかった。

 

ということは今考えても重要だと思います。

 

実際にいくら正しい知的理解をしても、

実践なしでは仏教がわかったとは言えません。

 

勉強は大事ですが。

 

まとめ

  • もぉやだ、出家する
  • 人生逆転ゲームならぬ、「人生リセットゲーム」

 

次回は「石の上にも30年!?」お楽しみに!

お坊さんってなに?③:石の上にも30ねん

2018.08.25








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